日が暮れて牡牛の角亭へと戻った一行は、自分たちの作戦が失敗に終わったことを悟り、疲労感を漂わせながら今後の行動について相談し始めました。
ちなみに、イスメトへの報告を済ませたエルドがいまだ“サウンド・キャリー”とおぼしき魔法の影響下にあったため、以下のやり取りの〈〉で括られた部分は筆談で行われた内容となります。セッション中は、都度筆談かどうか宣言していたのですが、見づらいので編集しました。
エルド:
「えー。とりあえず僕からの報告ですが、イスメト様はかなり苛立っている様子でした」
アゼル:
「……まあ、そうだろうな……。いいかげん成果をあげないとまずいだろう……」
エルド:
「アゼルさんたちのほうはどうだったんですか?」
アゼル:
「うむ。こちらは成果なしだ。どうやら一杯食わされたらしい……。俺たちはまんまと偽情報に踊らされたわけだ」
エルド:
「まあ、それに関しては、こちらも偽情報でおびき出そうとしたわけですから、おあいこですけどね。しかし、こうなったからには、もはやギズリさんがこの宿屋を訪れるのを待っていても無駄ですね。こちらから攻めていかないと……」
イーサ:
「エルドにはなにかいい考えでもあるのか?」
エルド:
「うーん。さしあたって思いつくのはハイローさんとの接触なんですが……」
イーサ:
「それはそうだが、いつ帰ってくるかもわからない相手だからな……」
一同:
(しばらく考え込む)
エルド:
「なにも思いつきませんね……」と言いつつ、紙とペンを取り出して文字を書いていきます。
〈同じ遺跡探索者であるアルさんなら、ハイローさんの行き先とかに心当たりがあったりしませんかね?〉
イーサ:
〈そうだな。明日の昼になったらアルと接触をとってみよう〉
アゼル:
〈それ以外になにかできることはないか?〉
エルド:
〈だったら、タルカンさんのところに行ってみましょうか?〉
アゼル:
〈あの人をこっちの思い通りにうまく使えるだろうか?〉
イーサ:
〈いまさらそんなことを気にしてる場合じゃないだろう。もう時間を無駄にしてる余裕はない。いまから俺が行ってくる〉
ほかに話がなければ、さっそく俺はトゥルナゴル邸に向かう。
アゼル:
ひとりで行くのか?
イーサ:
きっとこれから訪ねて行っても、昨日の朝みたいにアポ取るだけで終わるだろ。別にアゼルがついてきたいなら一緒に行っても構わないけどな。
アゼル:
いや……。タルカンとはあまり会いたくないし、遠慮しておく。アポ取りよろしく。
GM:
では、19時半過ぎにイーサはひとりでトゥルナゴル邸までやってきました。
どうやら先客が来ていたようで、ちょうど屋敷の敷地内から馬車が出てくるところでした。屋敷の入り口前には、見送りに出ていたタルカンとアーニャの姿が見えます。
イーサ:
なんだか、タイミングがいい時に来たみたいだな。そのままタルカンさんのほうに近づいて行こう。
タルカン(GM):
すると、タルカンがあなたの姿に気がつきました。
「あら、アナタは……。こんな時間にどうかしたの? ただの散歩ってわけではなさそうだけれど……。なにかお話があるのならばどうぞ。外で立ち話もなんだから、中にお入りなさい」
イーサ:
おっ。アポ取りだけのつもりだったが、まさかいきなり話ができるとは……。まあ、時間を無駄にせずにすんでちょうどいいか。
「それでは失礼します」
GM:
タルカンはイーサのことを執務室へと案内しました。執務室の四面は棚で埋め尽くされ、それぞれの棚には膨大な量の書類が保管されています。
タルカン(GM):
「窮屈な部屋でごめんなさいね。ほかに空いている部屋がなかったの。さあ、遠慮せずにそこのソファーにでも座ってちょうだい」
イーサ:
「いえ、こちらこそすみません。こんな時間にいきなり押しかけてしまって……」
タルカン(GM):
「かまわないわよ。ちょうど手の空いたところだったんだから」
イーサ:
「そういえば、馬車が出て行ったようでしたが……」
タルカン(GM):
「ああ、あれは身内よ。イスパルタを出発したうちの隊商が今日こっちに到着したところで、その隊商長がさっきまで来ていたの。たまたまほかの役員が不在だったものだから、労いも兼ねてワタシが報告を受けていたのよ」そう言いつつ、タルカンは机のうしろに置かれた小さな棚からワインボトルを1本取り出しました。
「飲み物はいかが?」
イーサ:
「すみません。いただきます」
タルカン(GM):
「アナタ、戦盤は指せるの?」
イーサ:
ほかの人が指してるのは何度も見てきたが、自分でも指せるのかな? ランダムで決めてみよう。(コロコロ)うん、どうやら指せないらしい。
「残念ながら。まだルールをよく理解してないもので……」
タルカン(GM):
「あら、そうなの? それじゃあ、飲み物とお話しだけにしておきましょうか」
タルカンはイーサの正面の席に腰を下ろします。そして、2つのグラスにワインを注ぐと、「どうぞ」と、その一方を差し出しました。タルカンがボトルからワインを注いだ直後から、辺りには芳醇な香りが広がっています。
シーン外のエルド:
なんだか、高そうなワインですね。もしかして、ラベルにタルカンさんの肖像画が描かれたオリジナルワインなんじゃありませんか?
GM:
ありそうな話ですね(笑)。ではそういうことにしましょう。
イーサ:
タルカンのワインと高級酒場で飲んだ300銀貨の酒とでは、どっちのほうがうまく感じるんだろう?
GM:
そうですね……。個人の好みによると思いますよ。優劣つけがたいということで。
イーサ:
なるほど。300銀貨級の味か……。
「うん、うまい」
シーン外のアゼル:
金額を物差しにして味わうなよ(笑)!
タルカン(GM):
「あら、口に合ったようでよかったわ。これは、うちが直接取引している農家で造ったお酒なの。カルカヴァンの北に広がる農地は水捌けがいいから、ワイン造りに適したブドウが育つのよ」
イーサ:
「なるほど。じつに味わい深い……」
タルカン(GM):
「それじゃ、喉も潤ったところで本題に入ろうかしら……。こんな時間にワタシのことを訪ねてきた理由について教えてちょうだい」
イーサ:
「それが……。先日ここを訪れて以降というもの、ギズリたちを捕まえるためにいろいろと手を尽くしたんですが、どうにも見つけることができなくて――」
イーサは、タルカンに昨日以降の捜索内容を伝えたうえで、ギズリ捜索の協力を仰ぎました。
タルカン(GM):
「なるほどね……。だいたいのところはわかったけれど、ワタシの協力を必要とするならば、それなりの対価が必要だわ」
イーサ:
「対価……ですか?」
タルカン(GM):
「ええ。だってアナタたち、先日ワタシと情報売買の約束をしたくせに、一向にその約束をはたしてくれていないじゃないの。これ以上タダで協力してあげるほど、ワタシも寛大ではなくってよ」
イーサ:
え……。でも、その約束を交わしたのも、いままでそれを無視してたのも全部アゼルがやってたことじゃないか。なんで俺が言われなくちゃならないんだ……。
シーン外のアゼル&エルド:
(苦笑)
タルカン(GM):
「それで、今後ワタシがアナタたちの捜索に協力することへの見返りとして、アナタはワタシになにを提供してくれるのかしら?」
イーサ:
……見返り……見返りねぇ……。うーん。
(しばらく考えてから)
「特になにもないんですが……」
タルカン(GM):
タルカンはその返答を聞くとイーサの顔をまじまじと覗き込み、少しタメを作ってから身をよじらせて笑い始めます。
「ウフフフフフフ……」(唐突に笑いを止めると、至極冷静な声で)「アナタ……馬鹿なの?」
シーン外のアゼル&エルド:
(爆笑)
イーサ:
「馬鹿……」
タルカン(GM):
「そう。馬鹿。馬鹿正直なのね……」そう言って、タルカンは呆れたように大きなため息をつきます。
「まあ、いいわ。アナタのほうから提示できる対価が思いつかないというのであれば、こちらが要求するものを用意してちょうだい。実はワタシも、うちの周りをうろつくネズミの存在にいい加減うんざりしてきたところだったのよ」
イーサ:
ネズミってのはきっとイスパルタ私兵のことだよな……。
「タルカンさんの要求というのは、いったいなんなんですか?」
タルカン(GM):
「簡単なことよ。ギズリたちを捕まえたら、その身柄をワタシに引き渡しなさい」
イーサ:
「えッ!? でも、そんなことしてしまったら、イスメトに軟禁されているシシュマンたちを解放できなくなってしまう!」
タルカン(GM):
「あら、なんで?」
イーサ:
「いや、なんでって……。それは、ギズリたちを捕まえてイスメトのところに連れて行くことが、イスメトから提示されているシシュマンたちを解放するための条件だからです」
タルカン(GM):
「アナタ、本当にお馬鹿さんね。もう少しよく物事を考えるようにしたほうがいいわ。そもそも、なんでそんなイスメトのたわごとに従う必要があるの? イスパルタの三男坊程度がこのカルカヴァンで民間人を拘束する権限を持っているはずないじゃない」
イーサ:
「い、いや、だが、イスメトは現にいまそれをやっているじゃないか!」
タルカン(GM):
「そうね。でも、普通はそんなことしたら犯罪なのよ。じゃあ、誰がそんな暴挙を許しているのかしら?」
イーサ:
「え……それは……」
(しばらく考えてから)
「……カルカヴァン総督のハイダール……?」
タルカン(GM):
「ご名答。つまり、ハイダール様がイスメトへの協力を取りやめれば、おのずとあなたたちは自由になれるのよ。そして、ワタシはそのハイダール様と直接お話しできる立場にあるというわけ」
イーサ:
なるほど。そんな手があったのか……。となると、イスメトとタルカンさんのどちらにつこうが、ギズリたちを捕まえることさえできれば無事にこの街を出られるようになるのか。どっちでもいいんだったら、タルカンさんに協力してもらったほうが……。
シーン外のアゼル:
おい! まてまて! それはまずいだろ!
イーサ:
ん? タルカンさんにギズリたちを引き渡すことにしたとして、なにか問題でもあるのか?
シーン外のアゼル:
いや、まってくれ……。それはちょっと……。くそーッ、失敗した。一緒にタルカンのところに行けばよかった。
イーサ:
いまさらなんだよ。一緒にタルカンさんのところに来ることを拒んだのはお前自身だろ?
シーン外のアゼル:
いや、それはそうなんだが……。あー。
(身悶えながら頭を抱える)
イーサ:
(溜息をついてから)
わかったよ。だったらここはこうしておこう。
「お話はわかりましたが、ことがことなだけに俺ひとりの考えだけでは決められません。これからここにアゼルとエルドの2人も連れてきていいですか?」
タルカン(GM):
「あらそう。アナタには決定権がないってことなのね」
イーサ:
(消え入りそうな声で)ソウナンデス……。
タルカン(GM):
「だったら、決定権を持った人を連れてきなさい。さあ、ハリアップ! メッセンジャーボーイ!」
シーン外のアゼル&エルド:
(笑)
イーサ:
くそっ。アゼルのせいで完全に小物扱いされちまったじゃないか。まったく……。
GM:
さて、それではイーサがアゼルとエルドを呼びに行っているあいだに、タルカン邸では次のようなシーンが行われています。
GM:
タルカンがワイングラスを傾けているところに、寝間着姿のアーニャがやってきました。
アーニャ(GM):
「お仕事は終わりましたか?」
タルカン(GM):
物思いにふけっていたタルカンは、アーニャの声に顔をあげます。
「あら、アーニャ。残念だけれど、まだこれから一仕事あるのよ。いつも仕事優先で、あなたには寂しい思いをさせてしまってごめんなさいね」
アーニャ(GM):
「いいえ、どうか謝らないで。あなたがいつもわたしのことを思ってくださっていることはよくわかっているもの」そう言うと、アーニャは朗らかな笑みを浮かべました。
タルカン(GM):
それを受けて、タルカンもほほえみ返します。
「ありがとう、アーニャ。そんなあなたが大好きよ」
アーニャ(GM):
「ふふふ。ところで、また若い子が来ていたみたいですね。あなたが若い子を家に呼ぶなんて珍しいじゃありませんか。いったいどういう子たちなんですか?」
タルカン(GM):
そう尋ねられると、タルカンは手をあごにあてて難しい顔をしました。
「……うーん。正直なところを言うと、あの子たちのことをそれほど詳しくは知らないのよ。でもね、あの中にひとり、昔の知り合いによく似た子がいるの。それで少し気になってしまったというわけ」
アーニャ(GM):
「ふうん。その昔馴染みに似ているというのは、いったいどの子なの?」
タルカン(GM):
「ああ、それはね――」
GM:
――というところで、この場面は暗転します。
そうです。タルカンほどの人物がなんの理由もなしに、一介の若者に過ぎぬPCたちに興味を持つことなど普通はありえない話であり、そこにはとある奇妙な縁があったのでした。しかし、その縁が明らかになるのは、まだまだ先のお話しです。