LOST ウェイトターン制TRPG


聖域の探索者イメージ

聖域の探索者 09.従騎士の願い

 私たちが買い物を終えてようやく城に戻れたのは、城を出るときに立てた目算を少し過ぎて、ちょうど教会から午後の勤めの開始を告げる鐘の音が聞こえてきた頃だった。

 残りの合成素材はマーケット内ですべて揃うというから、さほど時間も掛からないだろうと高をくくっていたのだが、マーケットの両端は市門近くまで伸びており、徒歩で回るには案外馬鹿にならないほどの規模だった。青年の的確な案内があったからこそ、この時刻に戻ってくることができたが、もし案内がなかったら、一日ですべての素材を集めきれたかも疑わしいところだ。

 城を出るときには手ぶらだった青年も、今やこれ以上荷物を詰め込めないほどに膨れ上がった背負い袋を背負い、両手にはそれぞれ手提げ袋を持たされていた。まあ、背負い袋の中身のほとんどは、詐欺商人から巻き上げた戦利品であり、想定外の荷物ではあったが……。

 手提げ袋の一方には、私が自ら選んだ上等なカボチャが入っている。詐欺商人や異国の男ハイローとのやり取りのせいで危うく買い損ねられそうになったが、よもや私がそれを許すわけもなかった。

 部屋に戻ったら、さっそく新鮮なカボチャの種をいくつばかりか頬張ることにしよう。そして、残りの大半は陰干しにするのだ。三日も寝かせれば余分な水気が抜け、香ばしさと甘さの凝縮されたパリパリの種が出来上がる。本当のお楽しみはそれからだ。

 私たちが主の部屋に戻ると、部屋の中にはすでに雑貨屋で買った荷物が運び込まれていた。主が雑貨屋を後にしてから、まだ数時間と経っていないというのに、驚くべき手際の良さだ。

 荷物の山の上に乗せられた手紙を手にした主は、それに目を通して「また来るそうだ」と呟いた。なるほど、何度も城に足を運ぶ機会を得るために、あえて主が不在のときを見計らって荷物を運び込んだというわけだ。あの雑貨屋の店主も、伊達にこの競争の激しいクランジェルの街中に店を構えているわけではないということか。

 何にしても、これで太陽の宝玉を合成するために必要な素材は一通り揃ったことになる。

「では、自分はこれで……」

 部屋に荷物を降ろし終えた青年が、その勤めを終えたとばかりに、テーブルの上に無造作に置かれている剣に手を伸ばした。それは、街に出るときに強制的に外させられた彼の剣だ。

「ちょっと待て」と、間髪おかず、帯剣しようとする青年を主が制した。「どうせ非番なのだ。もう少し手を貸してくれてもよいだろう? 見ての通り、わたしは力仕事が苦手でね。それとも、ベネットの従騎士様は女子供の願いごとを聞く耳は持たないのかな?」

 そう言って主はわざとらしく両手を広げて見せる。

 そんな主の動きに青年は肩をすくめて見せたものの、彼は文句の一つも言わずに主の頼みを承諾した。

「それでこそ、我が弟だな」

 主が半分からかうようにそう言うと、青年は「もう、買い物も終わったんですから、それは止してください」と苦笑した。

「では、まずそのテーブルを西端まで持っていって、壁際につけてくれ。それから――」

 さっそく主は、青年に部屋の配置換えや荷解きを命じはじめた。それと同時に、自分は外出用に結いあげていた長い黒髪を解き、上等な青色のドレスを無造作に脱ぎ捨て、いつも羽織っているくたびれたローブに袖を通してゆく。

 主が着替える間、青年は生真面目に主に背を向け、その姿を極力視界に入れないようにしながら荷物を運び続けた。そんな青年の様子を見ながら、今の主の姿が偽りのものだと知っていたら、青年は同じような行動にいたっただろうかなどと考えて、私は小さく笑った。

 手早く着替えを終えた主が青年と合流し、二人で部屋の準備を進めると、程なくして部屋の中に合成作業に適した環境が整えられた。大半の機材は、主の館から取り寄せただけあって、部屋の中はどことなく主が普段使っている研究室に似た景色となっていた。

 小型のふいごが付けられた炉。入り口のすぼめられたガラス細工の器。それに繋げられた細長い管。そして、机の上に並べられた獣の眼球や内臓などの、数々の合成素材。それは、まさに民衆が思い描く、怪しげな黒魔法使いの研究室の様相だった。

「ある意味で、見違えましたね……」

 質素堅固を基本としたこの城内に異質な空間が出来上がったことに対して、部屋を見渡した青年が素直な感想を述べると、「うむ。これで良い」と言って、主は満足そうに口角を持ち上げた。

 たしかに部屋の見栄えは若干悪くなったかもしれないが、これで、設備不足のために主が悩まされることもないだろう。

 いかに主が優れた魔法使いであるといえども、合成の成否にはそのほかの多くの要因が関わってくる。素材集めに慎重になったように、できる限りの不安要素は排除しておきたいところなのだ。何せ、今回の主素材となるイグリアス鉱には限りがある。合成に失敗しては、取り返しの付かないことになりかねないのだから。

 作業を終えた青年は、今度こそ剣を帯びようと革ベルトを腰に巻き始めた。

 しかし、そんな青年に再び主が声をかけた。

「そうだ、ミスト。ちょっと良いか?」

 さすがに今度は帯剣を止めることはなかったが、たびたびのことに青年は金髪の頭を掻いた。

「まだほかに何か?」

「なあに、今度の頼みはさして手間は取らせない」

「では、伺いますが……」

「うむ。実はな、これから合成を始めてしまえば、わたしは三日三晩手が離せない状態となる。そうなると、ハックが不憫でな。良かったら、わたしが仕事を終えるまでの間、彼の面倒を見てもらえないだろうか?」

 主はそう言って、テーブルの端で新鮮なカボチャの種を頬張る私に目を向けた。

 この青年とは出会ってまだ数時間といったところだが、これまでの言動を見る限り、歳の割りに素直だし、働き者であるように思えた。それに、たまに漏らす若さを滲ませた本音が、彼を信用しても良い気にさせてくれた。何より御し易そうだ。

 私は主に構わないとうなずいてみせた。

「ハックもそれを望んでいる。どうだ?」

 私の世話役を頼まれた青年は、少し困ったのか、うつむき加減で拳を口元に当てて何か考えているようだった。

「特に難しいことをする必要はない。ハックが食べ物をねだったときに、今日買ったカボチャの種を与えてくれればそれでよい。まあ、きっと彼は陰干ししたカボチャの種も欲しがるだろうが、それはキミの手があいていたらで構わない」

 主の言葉とは裏腹に、私は何をおいても青年にカボチャの種を陰干しさせるつもりだが、そのあたりは後でどうとでもできるから、まあ良いだろう。

 しかし、予想以上に青年は考え込んでいた。まさか部屋で猫を飼っているとでもいうのだろうか? 馬の世話をするならともかく、従騎士の立場で愛玩動物を飼うことが許されているなどといった話は聞いたこともない――もしそうだとしたならば、こちらからご遠慮願うところだ。

 私が勝手な心配事を膨らませているのをよそに、考えをまとめ終えたのか、青年は顔を上げると、主の方へと一歩前にでた。

「そういうことであれば構いませんよ。……でも、条件があります。ちょうど自分からもチカ様にお願いしたいことがあったので……」

「条件? キミはこのわたしと取引きをしようというのか?」

 主は意外そうな声を上げて目を細めると、腕組みしてみせた。そこには、青年のことを軽んじつつも、未開封のおもちゃ箱を開けようとする子供のような好奇心を躍らせる主の姿があった。

 主はすこしもったいぶってみせてから、「いいだろう。キミの条件とやらを言ってみるがいい」と言うと、値踏みするような目で青年を見た。その口元には笑みが漏れている。

 そんな主とは対照的に、直立不動の姿勢を取った青年が、はっきりとした声で要求を告げた。

「自分をアンジェリア遺跡の特別探索隊に加えてもらえるよう、ローレンスさんに口ぞえしていただけませんか?」

 青年の右腕は上官に対して申告するときのように、胸の前に掲げられていた。

「――なんだと?」

 青年の言葉を耳にした瞬間、主の浮かべていた冗談交じりの笑みは消えた。どうやら、それは主が期待する類の要求ではなかったようだ。

「キミはあの探索隊に加わりたいのか?」

 念を押した主に対して青年は力強くうなずいた。それを見て、興が削がれたとばかりに主の表情は一気に白けていった。手をひらひらさせて言葉を続ける。

「それなら、わたしに頼まずとも志願すればよい。あれは決死隊だ。どうせ志願者など――」

「チカ様は特別探索隊への志願者は少ないと思われているようですが、それは違います」

 青年は主の言葉をさえぎって、強い口調で反論した。

「募集が掛かったのは昨晩遅くでしたが、それにも関わらず、今朝、私がチカ様の部屋を訪れるまでの間に五人の志願者が名乗り出ていました」

「ほう。それは意外だな……」

 主はローレンスに太陽の宝玉の複製品を二つ用意すると約束した。複製元の一つを加えても、遺跡内に送り込むことができる人員は三人が限界のはずだ。しかし、志願者の数はすでにそれを上回っているという。それに、青年が志願者の数を確認したのが主の部屋を訪れる前だったということは、その後に、少なくともあのハイローという名の男がその名を連ねたはずである。

 まさか、頭数をそろえるために、ローレンスは事の重大さを隠蔽して志願者を募っているのだろうか?

「今回の任務の危険性の高さは正確に伝わっているのだろうな?」

 主も私と同じ疑問を抱いたようだった。

「それはもちろん。志願条件の一文に『死を賭し、なお使命を果たそうとする者』と掲げられていましたから」

「それでもなお志願者が多くいるとは、ここの遺跡探索隊は実に勇敢な者たちの集まりなのだな。ローレンスめ、上手く駒を育てているじゃないか」

 主は蔑視が混じった言葉を漏らした。

「確かに、遺跡探索隊の士気は高いです。有事の際、責務を捨てて逃げ出すような臆病者は……居ません。ですが、志願者が多い理由はそれだけではありません」

「では、ほかにどんな理由が? 目の眩むような報酬でも積み上げられたか?」

 青年はかぶりを振った。

「それは、遺跡内で消息を絶ったのがマーカスさんの率いた部隊だったからです」

「そのマーカスというのは、従騎士を逃がして遺跡に残ったという男か。たいした精神力の持ち主だということは聞いているが、それほどに特別な奴なのか?」

「ええ。マーカスさんは遺跡探索隊の中でも最も尊敬を集める人物ですから」

 青年はマーカスという人物について、誇らしげに語り始めた。その様子からすると、彼もまたマーカスという男を尊敬しているのだろう。

儀礼剣



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